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全国でも人気エリア「長久手市」…本当は恐い名前のスポットだらけ

日本の「住みよさランキング」(東洋経済『都市データパック2016年版』 )で、昨年全国2位にあげられた愛知県長久手市。昨年12月にはイオンモール長久手店がオープンし、名古屋市のベッドタウンとしてますます発展が期待されているエリアです。

市内には落ち着いた住宅地が広がり、おしゃれなお店がたくさんあります。ところが、「え?怖い~」と思えてしまう名前の史跡や公園があるんです。

今回は、注目を浴びている一方で、実は怖~い(!?)長久手エリアのスポットをご紹介しましょう。

 

■池が赤く濁って血のように染まった…という伝説「血の池公園」!?

長久手市は、日本史で習ったはずの“小牧・長久手の戦い”の、長久手合戦の地。そのため市内には「○○塚」と呼ばれるスポットが多数! 戦跡がらみが多く、戦跡も多いのです。

中でもとにかくインパクト大なのは“血の池公園”です。古戦場公園の西側にあります。

表札もなんとなくおどろおどろしさを感じる!?
画像:かねお友香

付近は、長久手の合戦最大の激戦地で、多くの武将が討死にした場所。公園付近には、合戦時に家康方の武将が血槍や刀剣を洗ったとされる池がありました。

その後、合戦の行われた旧暦4月9日のころになると、池が赤く濁って血のように染まったという言われがあったことから「血の池」と呼ばれるように……憩いの場である公園に、“血”由来のネーミングってめずらしい。

画像:かねお友香

昭和後期に“血の池”は埋め立てられ、現在は“血の池公園”という多目的公園になっています。夏は盆踊り大会などが行われているんです。

画像:かねお友香

埋め立てられた後は、ごく普通の公園という感じになりました。お隣は交通児童遊園という施設で、親子連れが多い公園です。

さらに児童遊園内には史跡“鎧掛けの松”があります。“仏ヶ根の戦”で勝利した家康方の将兵が、池で休み槍や刀を洗おうと、身につけていた鎧を掛けた松。

その際の松は枯れてしまって現在は四代目だそう。こんな話を聞くと、ここは激戦地だったんだなあと思いますよね。

 

■またまた驚いたのが「首塚」「耳塚」です…えっ?首・耳の墓!?

画像:かねお友香

こちらは長久手市役所の東、安昌寺の南方にあります。 写真左上の標識で戦跡というのが分かりますね。

長久手合戦での戦死者は3,000人ともされ、長久手の村々は、野も山も屍の山になりました。

これを嘆いた安昌寺の雲山和尚が村人たちと敵味方関係なく、この地に戦死者を集めてこの地に塚を作り供養したのだそうです。

周囲はきちんと整備され、掃除も行き届き、今も大切にされているのですね。

画像:かねお友香

長久手消防署の南東側には“耳塚”があります。「長久手合戦にちなんだ史跡なのか確証が無い」とのことですが…これも“塚”ですね。

耳の病気の人がお参りすると良くなるとも言われています。ここは南側の道路から幅1メートル弱の道を約150メートル入ったところにあります。

こちらも住民の手によって大切にされているというのがよく分かりました。

画像:かねお友香

画像:かねお友香

長久手市の歴史の大切なポイントになったのが1584年の長久手合戦。中学校の教科書には“小牧・長久手の戦い”として出てきます。

主戦場跡地は長久手古戦場公園として市民に親しまれています。「長久手古戦場」と書かれた石碑の大きさがとにかく圧倒的。5メートルはあるかと。

画像:かねお友香

園内には、池田恒興の戦死の地は“勝入塚”と、数十メートル離れたところに、長男・池田元助の戦死の地“庄九郎塚”があります。

テレビドラマ『信長協奏曲』(フジテレビ系)では信長役の小栗旬が「ツネちゃん」と呼んでいたのが向井理扮する、この池田恒興だったんですね。

公園内には充実した展示の『古戦場資料室』(入場無料)もあります。そして資料室の向こうには、公園のすぐ東に、オープンしたばかりのイオンモール長久手店が見えます。

画像:かねお友香

長久手市が姉妹都市提携しているのはベルギーのワーテルロー市。世界史の教科書に必ず出てくる“ワーテルローの戦い”の地だから。古戦場つながりなんでしょうね。

 

当時を語る史跡や地名が今も残されている長久手。見て回って分かったことは、各史跡には常に花が手向けられ住民が大切に守っているということ。

過去を大切にし、共存しながら発展してきたんですね。長久手市にある地名や史跡の名前は怖いけど、歴史としっかり対峙している町でした。

 

【画像】

※ かねお友香