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森友文書問題に思う「灯台下暗し」

画像:ms. Octopus/Shutterstock

桜の花に誘われるように、週末の午後、名古屋の中心にある久屋大通公園をそぞろ歩いた。この久屋大通公園は、道路の広さが有名な名古屋市の象徴のひとつ“100メートル道路”の真ん中、名古屋テレビ塔の南北2キロメートルに広がる都市公園である。

この日は北端から歩いたのだが、姉妹都市のひとつであるアメリカのロサンゼルス市との友好エリア『ロサンゼルス広場』に足を踏み入れて驚いた。

5つの手形や足形のモニュメントがある。5人の映画俳優のものなのだが、グレゴリー・ペック、マリリン・モンロー、クラーク・ゲーブル、ジュリー・アンドリュース、そしてチャールトン・ヘストン。いずれ劣らぬハリウッドのスターたちの記念碑である。

実はこの広場が整備されたのは40年近く前であり、ロス市から贈られた5人スターの展示についても記憶の片隅に置いていた。しかしすっかり忘れていた。

円形のモニュメントをぐるりと回って楽しんだのだが、最も好きな映画はジュリー・アンドリュース主演の『サウンド・オブ・ミュージック』、次にチャールトン・ヘストン主演の『ベン・ハー』なのだから、桜の花以上に時ならぬ興奮状態に陥った。

15年ほど前に仕事でロサンゼルスに行った際、アカデミー賞授賞式で有名なチャイニーズシアターの前の歩道にある沢山の手形や足形の中から、この二人のものを見つけ出し夢中で写真を撮影した。まさか暮らしている町の都心にこんな素敵な展示品があるなんて……。思わず“灯台下暗し”ということわざが浮かんだ。

この“灯台下暗し”ということわざの“灯台”は、よく誤解されがちなのだが海沿いに立つ大きな灯台のことではない。油を入れた皿に芯を浸して火を灯す燭台、“灯明台”と言い換えれば理解しやすいかもしれない。

この灯明台の真下の部分は影になって暗いことから、このことわざは“身近なことには意外に気づかない”という場合に使われる。

自分の額にメガネを上げていながら一生懸命メガネを探すこと風景などもわかりやすい例であろうか。

昨年から年を越しても国会を揺るがし続ける森友問題で、財務省が「ルールに沿って廃棄した」とされた文書が関係者の手元から見つかった。“灯台下暗し”である。

この問題にはさらに文書改ざんという深刻な要素が加わった。そんな中、渦中の前理財局長の証人喚問が行なわれた。

真相をめぐって与野党の攻防は満開の桜を横目に続いているが、改ざんという行為と共に気になることは、役所における文書の管理状態である。

1年前に防衛大臣の責任問題にまで発展した自衛隊の南スーダンPKO活動日誌の際も同じ状況であったが、“書類を廃棄”したという言い分がある一方で、実は“保存”されていたという現実。

いずれも灯台の真下の影の部分にひっそりと隠れていたということか。灯が足元の真実まで照らそうとしたのだろう。

そもそも役所こそ記録文書を大切にする場所であるべきと思うのだが、廃棄あり改ざんあり、公文書の価値が揺らいでいる。

日本の“行政”が直面している大きな危機でもあり、三権の内のひとつ“立法”として、国会の場では与野党問わずきちんと向き合ってほしい問題である。

4月から財務省など各府省庁は、廃棄の範囲に基準を設けるなど新しい文書管理規則を施行するが、そこに影ができぬよう注視していかねばならない。

“灯台下暗し”の“灯台”は海沿いに立つものではない、と前述しながら、あえて誤解に乗った形で話を進める。海の“灯台”である。

今から60年以上前になるが名匠・木下恵介監督が制作した『喜びも悲しみも幾歳月』という映画があった。中井貴一さんの亡き父親である佐田啓二さんと高峰秀子さんの主演で灯台守夫婦の慎ましやかな人生を描いた名作だが、木下忠司さん作詞作曲の同名主題歌はよく知られている。

沖を行く船の無事を祈りながら毎夜毎夜灯をかざす……歌詞にはこんな内容が歌われているのだが、今の日本の政治にもかざされた灯が必要なのではないだろうか。

【東西南北論説風(37)  by CBCテレビ論説室長・北辻利寿】

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※ ms. Octopus/Shutterstock