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暗殺された金正男の父・金正日のゲスすぎる「性豪列伝」

(C)Lee von Gynz-Guethle / Shutterstock

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北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の父である故・金正日総書記とのあいだに子供をもうけた女性は、正妻、愛人を含め、これまで9人が確認されている。

この中で、第1夫人とされる成蕙琳(ソン・ヘリム/長男:正男=ジョンナム)、第2夫人は金英淑(キム・ヨンスク/長女:雪松=ソルソン、次女:名前不明)、第3夫人が高英姫(コ・ヨンヒ/次男:正哲=ジョンチョル、三男:正恩=ジョンウン、三女:与正=ヨジョン)、そして第4夫人が金玉(キム・オク/子供がいるかどうかは不明)だ。

「金正日の子供のなかで、出自で比較すれば圧倒的に雪松に軍配が上がります。金日成は、正日が人妻である蕙琳を略奪して夫人にしたことを知りませんでしたから、日成が選んだ“公式の夫人”は英淑だけなのです。成蕙琳、高英姫、金玉の3人は、女優や在日出身歌手など成分(身分)が低かったのと比較すると、英淑はエリート階層である革命家の次女でした。父親は清津師範大学校学長などを歴任し、英淑も金日成総合大学を出たあとは、党宣伝扇動部に所属していました。金玉は喜び組出身で、正日の性処理ができない英姫に代わりに夜の相手をしたはずです。いわば、夫人公認の妾でした」(北朝鮮ウオッチャー)

長男の正男は極秘に出産されたため、金日成は正男の存在を知らなかったといわれる。従って雪松が初孫であり、かわいがりようは半端ではなかった。

「雪松はロシア語など5カ国語を操る才媛であったため、金総書記の2002年8月のロシア極東訪問を皮切りに訪中にも複数回同行しています」(同・ウオッチャー)

つまり、雪松はファーストレディーでもあった。田中角栄元首相における真紀子的存在、ドナルド・トランプ米大統領におけるイヴァンカ的存在と言えば分かりやすい。

正日の女性関係の特徴は、蕙琳がいながら英淑と結婚し、正妻の英淑に隠れて英姫に子供を産ませたことだ。英淑以外の夫人は、いわゆる“水揚げ”されたということになる。愛人たちを調達する“草刈り場”が、前半は芸術団に所属する女優たちであり、後半は喜び組だったということも明らかになっている。

 

正日の最初の妻は…?

また、正日の夫人たちにはある共通点が見られる。それは、どちらかというと色白で丸顔のぽっちゃりとした顔立ちをしていることだ。これは正日が、不幸な別れ方をした母、金正淑(キム・ジョンスク)の面影を求めているからではないかといわれる。

正日の最初の妻は、1990年代前半まで洪一天(フォン・イルチョン)といわれていた。1982年に韓国に亡命し、1996年に正日の家族関係を暴露する手記を出版して翌年に暗殺された義理の甥、李韓永(イ・ハニョン)の証言が根拠になっている。

一天は1968年に恵淑(ヘスク=恵敬:ヘギョンともいわれる)という娘をもうけたが、3年後(5年後説もある)に離婚したといわれる。だが、洪が第1夫人だったという確たる証拠は出てきていない。従って離婚の原因も分かっていない。

チュチェ思想を確立し、人民統制を確立させた黄長燁(ファン・ジョンヨブ)の韓国亡命後の証言によると、正日は金日成総合大学卒業後、芸術指導と称して権力を笠に女優の体を有無を言わさずに奪ったという。そうした女優のひとりに金玉姫(キム・オクヒ)がいた。

正日は、金日成に「結婚したい」と申し出たが、「女優はふさわしくない」という理由で反対された。しかも、玉姫は結核を患っていたことも結婚を認めない理由とされた。だが、正日は玉姫を忘れられず、別荘に呼んでは密会を重ね関係を持ち続けた。

そのうち正日が成蕙琳に夢中になると、玉姫はあっさり捨てられるが、正男を生んだ蕙琳にとって、正日との出会いは不幸の始まりだった。略奪結婚したあとは、亡命同然で移り住んだモスクワで客死している。現在、彼女の姉である成蕙琅(ソン・ヘラン)ら親族は、ジュネーブなどオーストリアやスイスに散在していたが、現在の動静は不明だ。暗殺された正男が生前、頻繁に欧州を訪ねていたのは、母親の面影を求めてのものだ。父親の因果が息子にも伝播しているというわけだろうか。

正男は不倫の子として産まれ、さらに日本で言う“認知”もされず、母の身分は愛人にすぎなかった。最後は弟が下した命令によって非業の死を遂げることとなった。

 

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